ジミー・チュウ ~デザイナーとしての軌跡~ TOP > ハックニーの工房で

ハックニーの工房で

ジミーは卒業後、ハックニーにあるビル「ザ・メトロポリタン」に工房を構えました。

このビルは元々医療施設でしたが、当時既に廃墟になっていて、十分にスペースが確保できたものと思われます。

ここに工房を構えたのは、ジミーだけではありません。

隣りには、同窓生のデザイナー、エリザベス・スチュアート・スミスがいました。

この二人は、一緒に仕事をするようになります。

ジミーはエリザベスのブランドのために靴を作り、そこそこの収益を得るようになったのです。

ジミーが初めて自分の靴を販売したのは、自身のブランド(当時)「ラッキー・ショップ・ブランド」からリリースしたハンドメイドの靴です。

ジミーはこつこつと仕事をこなし、キャリアの出だしとしてはまずまずの時期を過ごしたのではないかと思われます。

ジミーのハンドメイドの靴は上流階級の女性たちに人気があり、やがて英ヴォーグ誌の目に留まり、1988年にはヴォーグにジミーの特集が8ページも組まれることになりました。

このことがきっかけでジミーの名声は一気に上がり、やがて多くの婦人が車でハックニーに乗り付けて靴をオーダーするようになったのです。

しかしこの時点で、まだ彼は汚くて不便な設備の工房から離れられずにいました。

彼の成功は、80年代後半にはまだ現在ほどのものではなかったのです。

ほどなくして、彼はある女性と運命的な出会いを遂げることになります。