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ブランドの躍進とジミーの戸惑い

会社設立当初から、プレタポルテのコレクションは既にジミーの手から離れていたようなものでした。

プレタポルテのデザインはタマラとサンドラが担当し、更にブランドの知名度を高めるためにタマラは奔走を続けました。

CEOのトムが、ジミーの許可を得ずに勝手にアメリカ進出の枠組みを決めると、タマラは喜んでそれを受け、アメリカでのPR活動に回りました。

タマラの率いるチームは、全米中のセレブにジミー・チュウを知ってもらうために、ある時にはアカデミー賞授賞式でカスタマイズのサービスを行いました。

それは、真っ白な靴のサンプルを何十足も持って行き、ドレスの色に合わせて靴を染める、というものです。

このサービスは大当たりし、授賞式では何人もの女優がジミー・チュウの靴を履いてレッドカーペットに登場しました。

更にタマラの後押しをしたのは、1998年5月に放送されたドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」で、ジミーの靴が大々的に取り上げられたことです。

当時ファッションアイコンになったドラマでブランドが取り上げられたことは、まさに大きな追い風になりました。

ジミーは、これらのチームワークでブランドの名が知られるようになったことは、決して否定していません。

むしろ彼女たちの熱心な活動には感謝をしていました。

しかし、手作りの靴にこだわるジミーにとって、それは全てが受け入れられる状況ではなかったのです。