ジミー・チュウ ~デザイナーとしての軌跡~ TOP > ブランド「ジミー・チュウ」の決裂

ブランド「ジミー・チュウ」の決裂

ジミー・チュウとイヤーダイ家の確執は、次第に弁護士を挟んだ騒動にまで発展していきます。

2000年代に入る頃には、ジミーはイヤーダイ家への個人的な不満を徐々に公にするようになっていました。

そのようなことは、ブランドイメージを大いに傷つけます。

トム・イヤーダイは弁護士を通じ、ジミーが中傷行為をしないように警告を出しました。

一方、ジミーはそれに応戦し、やはり弁護士を通じてタマラに「ジミー・チュウ」ブランドの広報活動でマスコミと話をすることを禁止するように警告しました。

トムは株式を売却することを真剣に考えるようになり、それとは別に、ジミーも自身の会社を売却するために積極的に動くようになりました。

こうして、深まった溝はとうとう埋まらず、ブランド「ジミー・チュウ」は、全体のうち51%が、投資会社イクイノックス社に売り払われることになったのです。

残りの49%は、タマラとジミーが半分ずつ保有することで合意しました。

新しいイクイノックス社のもとで、CEOには、80年代からファッション業界を渡り歩いてきたやり手ビジネスマン、ロバート・ベンソーサンが就任し、取締役会長はトム・イヤーダイ、代表取締役社長はタマラ・イヤーダイが旧ジミー・チュウから続投する形になりました。

自身の名を冠したブランドが独り歩きしてしまった当のジミーはその後、オートクチュールに専念することになります。