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サンドラ・チョイの参加

ジミーの靴がいかに優れているか、それは、ファッション業界や一部の上流階級女性には知られるようになりました。

しかし、ビジネスとして成功しているとは決して言える状態ではありませんでした。

ジミーは、ハンドメイドシューズということにこだわりを持っていましたが、それだけに、1日20時間働いても出来上がる靴の量は限られています。

かといって、大規模な工場生産に切り替え、機械に自分の製品を作らせたくない、という思いも強くそのジレンマの中で右往左往していたのです。

彼には卓越したビジネスセンスがあるわけでもありませんでした。

更に1988年には、ビジネスパートナーだったエリザベスがアメリカの大手デパートに出店し、工場生産に切り替えたことで、ジミーは必然的に彼女のブランドから撤退を余儀なくされました。

90年代初頭のジミーは、資金提供者を募るのに必死だったといいます。

そんな中、ジミーの工房を明るくする嬉しいニュースがありました。

ジミーの姪、サンドラ・チョイが、フルタイムでジミーの手伝いをするようになったのです。

彼一人で切り盛りしていた工房は、サンドラという女性が現れたことで垢抜けたものになり、サンドラは接客部門で確実に顧客の心を捉えるセンスも持ち合わせていました。

ジミーの工房が、上流階級女性が足を運ぶのに抵抗のない空間になったのは、サンドラの功績が大きかったようです。